■光畑由佳さん、応援コメント

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親も子も一人の人間として生きられるために
 モーハウス 代表取締役 光畑由佳


今一生さん(※『新編 日本一醜い親への手紙』の企画・編集者)から私たちモーハウスが取材を受けたのは、もう10年以上前のこと。

それまで日本にほとんどなかった授乳用の服をモーハウスが作り、母親が社会とつながっていける環境を作ろうとし、青山にショップを出した頃だったと思う。

授乳の不便をなくすことで誰もが喜んでくれると思いきや、いちばん反応が薄いのは、当の母親たち。

儲けにならない仕事でありながら、子育て支援や母乳支援のボランティアグループからは「しょせん営利企業でしょ」と言われることも多く、心折れる仲間も多い中、「社会起業」というカテゴリーを示してくれたのが、今さんだった。

彼の著作に載せていただいたことで、私は居場所ができたような気がした。
 おそらく「社会起業家」という言葉が社会で使われ始めるずっと以前のことだ。

そんな今さんの、さらに以前からの取組みが、今回のプロジェクト『新編 日本一醜い親への手紙』だ。

耳障りのいい「母子の愛」へのアンチテーゼとして、こんな耳障りの悪い言葉を使っているのだろう。
 けれど、私自身、活動の中でたくさんの母子と触れ、また自分自身を振り返る中で、誰もが「醜い親」になる可能性を持っていると改めて思う。

「子育てはつらくても当たり前」と、ほとんどの日本人が思ってしまっている。
大学生に聞けば、100人中100人が「子育ては大変だと思う」と答える。

母親が一人でがんばらなくてはならないような空気はまだまだある。
「電車で子どもを泣かせれば、白い目で見られるから」と、外に出ることを恐れる母親も多い。

全力で子育てをし、外の世界が見えなくなってしまっているような母親の様子に危うさを感じることも多い。

(もちろん私たちの店に来たり、授乳服を着て外に出るようになることで変わる方も多いけれど)

母のよりどころがわが子だけになれば、その母の存在を子一人で受け止めるのは、いずれ重すぎるものになるかもしれないだろう。
知らず知らず母が子どもを支配してしまうこともあるかもしれない。

私自身、仕事をしていなかったら、他とのつながりがなかったら、まさに「醜い親」になっていたかもしれない、と感じることがよくある。
バランスを保つのが難しいから、仕事で子どもと距離を置こうとしているのかもしれない。

私は仕事で子どもの学校行事に出られないことも多いけれど、そのことにあまり罪悪感を覚えない。
それは、子どもに完全にコミットしないのは、自分の気持ちを子どもに過剰に寄せないことで子どものためになる、と思っているからだと思う。

私が20年続けてきている授乳服の仕事は、社会の中で子育てをすることを支援するツールだ。
母親が子どもを連れて当たり前に出かけることは、母親の精神衛生上も良いし、それをサポートする夫にとっても楽になるし、母親の出かける様子を見る次世代の若者にとっても良いことだと思う。

でも、いちばん影響が大きいのは、子どもたちかもしれない。
母親が子どもに依存しないで、当たり前の一人の人として、生き生きと生きられれば、子どもを普通に愛することができるのでは、と思う。

親も子も一人の人間として生きられるために、クラウドファンディングによる出版の実現を願います。





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